木村拓哉
(きむら たくや)

 

 

木村拓哉(きむら たくや)

生年月日 1972年11月13日生まれ
出身 東京都
血液型 O型
身長

 

商品検索≫Amazon   楽天市場


木村拓哉 伝説

SMAPのメンバー。個人としても活躍、フジテレビ「あすなろ白書」「ロングバケーション」「ラブ ジェネレーション」「眠れる森」「HERO」TBS「ビューティフルライフ」「GOOD LUCK!!」などに出演、いづれも高視聴をマークしている。

1991年、SMAPとして「Can’t stop!!―Loving」で歌手デビュー。

 

□1日で港区の坂50全力走破!

木村拓哉が、全力坂に挑んだ。「ドスペ2 木村拓哉の全力坂…完全版」(2009年4月4日(土)深00:30より、テレビ朝日)  1日で港区の坂50全力走破!という企画。

 あるとき、番組スタッフより、全力坂をどう思うかと聞かれた木村拓哉、「坂走ってハァハァー言ってるやつでしょ。あれが良いんでしょうね。あの番組(全力坂)は変態番組ですよ。」と発言。 これに番組スタッフがカチンときたのでしょう。なんとか木村拓哉を走らせようと、坂の本を出版しているタモリに根回し、木村拓哉を走らせることになる。

 最初は、「だって坂でしょ」と坂に全く興味がなかった木村拓哉も、タモリに強引に押切られた形で坂を全力で走ることになる。そして坂を全力で走っているうちに、坂の魅力にとりつかれたのか、「この坂はクオリティー高いね」、「ちょっと楽しくなってきた」などの言葉が出てきた木村拓哉。 そして日が暮れ夜も更けてきた頃、全力49本を走った。(^.^)
 そして最後の50本目となる坂(けやき坂)では、本家全力坂に出演した女の娘達50人(全力ギャル)と勝負することになり、木村拓哉はそれまでの疲れが出たのか惜しくも4位でゴール!

※疲れきってハァハァー言ってる木村拓哉にスタッフは、最後は1位で飾って欲しかった。多分5位ですよ。5位。(-_-メ)と冷たい言葉を浴びせていた。 疲れ果て怒る気力もない木村拓哉は、「無理は無理。」と言うのが精一杯だった。
最後にスタッフが「全力坂」の感想を聞くと、木村拓哉は、「全力が良いんだろーね」と話し、「全力坂は変態番組じゃありません」と語り、疲れきった体で去っていった。
※全力坂を変態番組と言われたスタッフと木村拓哉の対決であった。と思う・・・。

 

□総理大臣役に挑む!

「CHANGE」(2008年5月12日スタート、フジテレビ系)月9枠(月曜夜9時)で総理大臣役に挑む!。秘書役に深津絵里。政治に全く興味のなかった小学校教師が、ある事情から国会議員になり、さらには史上最年少の総理大臣にかつぎ出される物語。

※同局の後藤博幸プロデューサーは「リアリティーのあるエンターテインメントとして、魅力的な総理大臣を演じられるのは木村さんしかいない」と起用理由を説明。木村拓哉は35歳(放送開始時点)。総理大臣役としては異例の抜擢となる。(2008年2月)

木村拓哉は、「イメージする政治家はいません。それよりも朝倉啓太としての首相を演じたい」と独自の内閣を築くことを宣言した。(2008年4月9日の制作発表にて)

 

□華麗なる一族

2007年1月よりの「華麗なる一族」TBS開局55周年特別企画ドラマで主演。

舞台は70年代。金融再編の波を受けた財閥一族の父と子の葛藤を軸に、ぶつかり合う人間たちの姿をダイナミックに描く。木村は財閥を束ねる銀行頭取・万俵大介の長男・鉄平で、財閥内の鉄鋼会社の専務役。会社をけん引する若きリーダーだが、父親との確執、自らの理想と一族の思惑のはざまで苦悩する。

 

□あいつが帰ってくる

2006年7月、伝説のドラマ「HERO」で、久利生公平を熱演する。

 

□解放区

開放区

 

『MYOJO』1995年6月号~2003年5月号の連載エッセイを加筆・訂正

 

□HERO

2001年1月よりの、「HERO」で、破天荒でありながら正義感溢れる検事(久利生公平)を熱演。ドラマ自体の視聴率は、全話30%超の視聴率を達成!

 

 

 


ねっとまがじん