渡哲也
(わたり てつや)

 

 

渡哲也(わたり てつや)

生年月日 1941年12月28日生まれ
出身 兵庫県津名郡
血液型 B型
身長

特技:空手2段。柔道初段。

1964年、日活入社。1965年、「あばれ騎士道」でデビュー。

 

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■渡哲也 伝説

青山学院大学卒。弟は俳優の渡瀬恒彦

※青山学院大学在学中、浅丘ルリ子主演100本記念映画の相手役募集に、大学の友人や弟の渡瀬恒彦らが渡哲也に内緒で応募。渡哲也は怒るものの、石原裕次郎に会えるかも知れないことから撮影所に行く。そこでスカウトされる。

1964年、日活入社。1965年、「あばれ騎士道」でデビュー。その後、石原プロに入社。

・「マグロ」で釣ったマグロは、渡哲也本人が釣ったもの。(2007年1月4日・5日、テレビ朝日系)

 

「大都会」「西部警察」が印象深い。角刈りにサングラスというスタイルがトレードマークとなる。

※サングラスをかけるきっかけになったのは、「40歳にもなってマシンガン持ってドンパチやる姿が恥ずかしいから」と後に渡哲也は話している。

 

□ボタンを押すレベルを上げないと

ナニコレ珍百景に出演した渡哲也。毎回ボタンを押さない渡哲也は、「ボタンを押すレベルを上げないと・・・」とひと言。(2008年11月12日、ナニコレ珍百景)

※さすが渡哲也さん。この番組が始まって以来、思ってる事をズバリ言ってくれました。(^.^) バラエティーだからと言って、ナンデモ・カンデモ押せば良いーと言うものではありませんね。

 

□日活・新人時代に取材記者をアッパーカットでダウン

日活・新人時代に、取材記者から言われた、「もっとファンを大事にした方がいいですよ。ファンあってのスターなんですからね」という言葉に激怒した渡哲也は、アッパーカットを見舞って気絶させた。怒りが収まらない渡哲也は、日活の社長室に行き、応接テーブルを持ち上げ、「俳優なんかやっていられるか!」と、テーブルを床に叩きつけ粉々にして立ち去ったという。

※後に、渡哲也は、「若気の至りというか、恥ずかしい限りです」と話す。

 

 

1997年、「誘拐」で21年ぶりに映画に主演。

1991年、直腸がん摘出手術を受ける。

1987年、石原プロの社長を務め、北海道小樽市に日本初のテーマパーク、石原プロワールド・西部警察をオープン。

1976年、「やくざの墓場−くちなしの花−」では毎日映画コンクール男優演技賞を受賞。

1965年、「あばれ騎士道」でデビュー。

1964年、日活入社。

 


ねっとまがじん